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連理 貴司


診 療 部 長


精神科医、精神保健指定医、認定集団精神療法医
専攻 : 精神医学、力動的精神医学、児童思春期精神医学、病院精神医学

 

略歴
昭和34年(1959):広島県大竹市生まれ、 山口県岩国市育ち
昭和62年(1987):久留米大学医学部卒業
            久留米大学医学部神経精神科学教室入局
平成 4年(1992):精神保健指定医取得
平成 8年(1996):医学博士号取得
            野添病院 診療部長・デイケア医長
平成17年(2005):のぞえ総合心療病院 診療部長・デイケア医長
平成18年(2006):日本精神神経学会精神科専門医制度指導医取得

プロフィール

 幼い頃から集団に関わるのが苦手で、ひとりで機械いじりに熱中する工作少年だった。将来は自分で永久機関をつくれると信じていた。やがて当時流行の幽霊やコックリさん、超能力、宇宙の神秘、空飛ぶ円盤、催眠術などの摩訶不思議な妖しい世界に惹かれていった。思春期では反抗期とともにエレキギターに心酔し、親や教師のひんしゅくをかいながらロックバンドを組んで人前で演奏することの快感を得た。大学時代は多種多様なミュージシャンとのセッションを通して、魅力的な連中と交流し、変わった生き方をしている人々と出会い、ショックを受けたり、感心したり、尊敬したりと、多くの人々に影響を受けた。かつての自閉的な工作少年もいつの日か、人と心の科学に関心が向かうようになり、卒業したら精神科医になることを密かに決めていた。

 大学卒業後は迷わず神経精神科学教室に入局した。当初は科学的な脳のメカニズム解明に憧れて、人工知能のプログラミングと大脳生理学の理論の統合を密かに夢みていた。しかし実際に患者さんの治療となると、経験に裏づけされていない自己満足な概念や理論は何の役にも立たなかった。さらに薬物療法の限界や、マニュアル化できない臨床の展開など、病気そのもの以上に、それを抱えた患者さんと家族の姿やその多様性に圧倒されていた。


 その中でも、周囲を巻き込んでいく境界パーソナリティ障害の患者さんたちの治療についてはなおさらの事であった。生物学的なアプローチの限界から、次は個人精神療法の技法を勉強しながら試行錯誤したものの結果は虚しく、様々な先輩からの助言も消化できぬままであった。その後、出会った本の中で、唯一マスターソンの対象関係論に基づいた治療技法や構造だけは腑に落ちることが多く、書かれている通りの経過に驚かされた。ただし、通院治療可能な状態と構造に限れば効果的なことも多かったが、入院治療となると彼の技法や力動的チーム医療などの構造をそのまま実践するのは困難であった。悶々としていたところ、研修先の院長に勧められて、メニンガークリニックへの留学から戻ってきたばかりの堀川公平院長の講演を聴いた。個人精神療法のみならず集団精神療法や作業療法、ソーシャルワーク、家族療法など多職種による力動的チーム医療と治療共同体などの統合された入院治療構造の必要性が強調されていた。それはマスターソンの入院治療の構造についてのエッセンスそのものであった。迷わず堀川公平院長に弟子入りした。そこで個人精神療法と症例スーパービジョン、各種集団精神療法とリーダー体験、PICUの多職種による力動的チーム医療を研修させてもらった。


 研修終了後、久留米大学精神科デイケアセンターにおける精神科チーム医療、大牟田市立総合病院における精神科外来とリエゾン精神医学、久留米大学精神科病棟における研修医指導と心理教育ミーティング研究を経験した。その後、堀川公平院長と堀川百合子副院長が野添病院(のぞえ総合心療病院の前身)で病院改革を行うということでお誘いがあり、1996年に野添病院に就職し現在に至る。